ゼミ13期生への祝辞

(3月25日追いコンにて)

みなさんの門出に際し、一言申し上げます。

アメリカの大学では、卒業式の時に著名な方に頼んでスピーチをしてもらうことが慣例になっています。それをcommencement speechというんです。中には、ずっと語り継がれるコメンスメントスピーチというのがあって、ステーヴ・ジョブスが2005年にスタンフォードでしたスピーチとか、去年私がこの場で引用させてもらった、David Foster Wallaceという人がある小さな大学で行ったスピーチとか。去年スタンフォード大学で映画監督のKen Burnsが行ったスピーチも、とっても強烈で、実は、今日お話しすることは、かなりそれに影響を受けています。

ま、それはさておき、このCommencement という言葉、これは「始める」とか「始まる」、何かが「開始する」という意味なんですね。いままでの人生は、非常に守られたグリーンハウスの中というか、まだ育ちきっていない段階にある。それが、ようやくその保護された温室状態を出て行く、そういう意味での旅立ち。これから、社会に巣立っていくという、その始まりにあたっての激励の言葉、そういうスピーチなんです。

だから、けっしていわゆるお祝いの言葉、祝辞ではない。卒業しましたね、おめでとう、よくやりました、がんばりましたね、ではない。これから始まりますね、これから一生懸命頑張りなさいねという励ましの言葉、あるいは、こういうことに気をつけなさいね、こうしていくといいですよ、そういうアドバイスに満ちた内容なんです。

そこで、ですね、今日は私も、いくつかアドバイスを並べたいと思います。さきほどのケン・バーンズさんからいろいろとヒントを得ているんですが。

  • Be curious, not cool. カッコつけるのではなく、いつでもいろいろなことに関心をもて。
  • Don’t confuse success with excellence。「成功」と、「優れている」あるいは「極める」、ということを履き違えるな。
  • Travel。旅行しなさい。ひとつのところにいるのではなく、いろいろなところにいきなさい。
  • Free yourselves from the limitations of the binary world. It is just a tool. バイナリーワールドから解放されろ。バイナリーっていうのは、デジタルっていう意味ですね。1か0か。黒か白か。そういう世界のもつ制約から解放されろ。それは、手段であって、目的ではない。
  • The book is still the greatest manmade machine of all – not the car, not the TV, not the smartphone。本を読め。人間の発明した機械でもっとも偉大なものは、本なのであって、車でも、テレビでも、スマホでもない。
  • 科学も芸術も大切にしなさい。なぜ芸術か。They have nothing to do with the actual defense of our country – they just make our country worth defending。芸術では、国も社会も守れない。しかし、芸術こそが、その国や社会を、守る価値のあるものにするのである。
  • 最後これが今日、君たちに一番いいたかったことです。Make babies. 子供を作りなさい。いいですか、子供をつくりなさい。なぜかというと、自分自身以外の誰かのために、いてもたってもいられなくなる、悩む、心配になる、そういう経験をすることになるから。この感覚は、liberating、つまり解放感なんだ、とケン・バーンスはいう。本当にそうなんですね。どういえばいいのか、いつもいつも完璧な人間でいることはできないということを、子供をもつとだれもが思い知らされる、そういう経験だからです。人間として成長するためには、子供を作る必要があるんです。それが自然の摂理なのであって、それに逆らえるなどと思うこと自体、おこがましい。

さて、コメンスメント、始まりという意味ですが、アメリカのコメンスメントスピーチでは、これを機に巣立っていくということばかりが強調されるんですね。しかし、本当は、ここにはもうひとつの裏返しの意味が込められていなければならない。みなさんが巣立っていくということは、私の側からいうと、こちら側の世界に、つまりわれわれすでに巣立っていった人たちの世界に、みなさんが入ってくることを意味する。だから、これからの人生頑張りなさい、という送り出す言葉とともに、もうひとつ、よくいらっしゃいましたね、という歓迎の意味も、このコメンスメントには込めなければならない。だから、今日は、Welcome、ようこそ、ということを申し上げたい。

これからももちろん、かつての師弟関係というそういう間柄というか、経緯はずっと続くことになるわけですが、同じ社会にでた一人の人間どうしとして、引き続きおつきあいしていきましょう。

ですので、今日は、まず、卒業おめでとうございます。そして、これからの人生、頑張りなさい。子供をつくりなさい。さらに、ようこそ、私の世界にいらっしゃいました。これからも末長くよろしくおねがいします。