新入生たちへ送ったメッセージ

(これは、4/5に開かれた早稲田大学政治経済学部新入生歓迎シンポジウムでの講演の最後の部分を抜粋したものです)

今日の講演を終えるにあたりまして、これからの4年間で何を学んでいってもらいたいかについて、私なりの考えを述べさせていただきます。みなさんは、政治経済学部では、政治に関する情報や知識をできるだけ多く身に付けたいと思っているかもしれませんが、大学で学ぶべきことはそうしたことではありません。知識や情報は、今ではWikipediaという便利なものがあるし、別に大学に高い授業料を払って学ばなくても、いくらでも増やすことができます。私がみなさんに身に付けていただきたいと思っているのは、政治(や経済)をどのように理解するか、そういうことです。「理解する」というからには、政治現象を突き動かしている何らかのロジック、一般化できる因果のメカニズムとでもいうべきものがある、そういう前提に立ちます。すると、そのロジックは何なのかを考えることが必要であるし、それが正しいかどうかを検証することが必要になります。ロジックは何なのかを考える上で助けになるのが、理論やモデルといわれるものであり、ロジックが正しいかどうかを検証するためのツールが、さまざまな分析手法—今日お話しした実験もこの中に含まれるわけですが—、そして方法論です。みなさんには、こうしたものを学んでいただきたい、身につけていただきたいと思っております。

もう少し具体的に、私自身が最近経験したことを織り交ぜながら話しましょう。先日、あるメディアから取材を受けまして、「選挙権が18歳まで引き下げられたことで投票率にはどのような影響が出ますか」という質問を受けました。別の取材では、「新しく誕生した民進党は、今度の参議院選挙で健闘するでしょうか」と聞かれました。まず、18歳まで引き下げられたことで投票率が変わるか、あるいは20歳以下の人たちがどのように投票するか、という質問ですが、そのような質問には答えられません。なぜかというと、人々の政治に対する態度あるいは政治的行動を知るための世論調査というのは、ふつう有権者を対象にして行われます。つまり、いままで行われてきた調査は、20歳以上の人々を対象にしてきたので、今回新たに選挙権をもつことになった18歳から20歳の人たちの政治的態度や行動を予測するためのデータを、われわれは持ち合わせていないのです。ですので、逆にいえば、こうした質問に対して、メディアで滔々と意見を述べている評論家やコメンテーターは、素人もしくはモグリ、ということになります。みなさんには、こうした言説に対して懐疑の目を向けられるようになってほしいと思っています。あるいは、今回の選挙で、民進党が健闘するかどうか、という質問も、実にピントのずれた質問です。一体何議席をとったら「健闘」というのか。このようにどうにでも答えられる質問というのは、意味がない質問なのです。しかし、これをたとえば、「今回共産党が候補者を立てないことで、民進党の得票率はどれだけ伸びるでしょうか」というような質問に置き換えたとします。これは、ある程度の根拠をもって答えられるかもしれません。なぜかというと2009年の衆議院選挙の時、共産党が候補者を立てない共産空白区というのがありました。こういうところでの(旧民主党の)票の伸び方と、そうでないところの票の伸び方を比べて、大体このぐらいの人たちの票が民進党に流れるのではないかと予測することができるからです。

もう一つ例をあげます。ご承知の通り去年から国論を二分した安保法制ですが、その中では集団自衛権を持つと抑止力が増えるという主張もなされたし、これに反対する人たちは抑止力は増えないと主張していました。しかし、一体どういうロジックに基づくと抑止力が増えるといえるのか、逆にどういうメカニズムを想定すると抑止力が増えないという主張が成り立つのか、それらはまったく明らかでありませんでした。また、一般的にいえば、今回の安保法制は、片務的な同盟関係をより双務的なものにしていく変更ですが、そのように同盟を変容した例は、これまでの長い国際政治の歴史の中でけっしてはじめてではありません。かつてそうしたことを経験した国が、その後どういう命運をたどったか。抑止力を高めて戦争に巻き込まれなくなったのか、あるいは前とそれほど変わらなかったのか、逆に前よりも戦争に巻き込まれやすくなったのか。こうしたことは、データを集めて分析できたはずです。しかしこういう作業、つまりロジックを明確にすることも、それをデータ的な根拠をもって検証することも、どちらの作業も全く行われないまま、論争は繰り広げられていたのです。

政治現象をどう理解するかを学ぶ。それは、いま申し上げたとおり、政治現象について誤った問いを立てない、ロジックが不在の議論はしない、実証的根拠がいい加減な議論をしない、そういうことを学ぶということです。みなさんには、ひとりひとり、そのような能力を身に付けていただきたいと思っております。もしかすると、みなさんは、政治現象をどう理解するかを学べたとしても、その後の自分の人生にはあまり役に立たないと思うかもしれません。そうかもしれません。しかし、私のこれまでの経験では、ある分野において真剣に学んだことは、別の分野においても必ず役に立つ、学問というのはそういうものだと思っております。誤った問いを立てない、ロジックや根拠のない議論をしないというトレーニングは、たとえば、みなさんがコンサル職に就いたとしても、きっと繰り返し自覚しなければならないことではないかと思います。そして、みなさんには、自分自身にとって役にたつかどうかという狭い了見ではなく、社会全体のことも考えていただきたい。早稲田大学の政治経済学部に入ってくるみなさんが、誤った問いを立てない、ロジックや根拠のない議論をしないという能力を習得し、メディアで横行する素人やモグリの言説に疑いの目をむけるリタラシーを高めなければ、いったいだれがその役を担うのでしょうか。みなさんが社会にでてそれらを実践しなければ、この世の中はいつまでたっても進歩しないのです。みなさんはエリートとして選抜され、この4年間育っていきます。ですので、ここで学んだことを社会に還元するということも考えていただきたい。これが私の願いです。ご静聴ありがとうございました。

Advertisements