神宮球場のマウンドにのぼった話

イチローが、メジャーのマウンドに登ったことが話題になっているが、実は、ボクは、神宮球場のマウンドに登ったことがある。

もう15年ぐらい前のことである。

ボクは、早稲田に勤める前、青山学院大学で教えていた。で、青学は、東都6大学に属する。東京6大学は、シーズンの一番はじめの試合で始球式があるのみだが、東都の場合は、毎試合始球式があるということである(いまでも、多分そう)。

いったいいつもどんな人が「登板」しているのかきいたら、投げてもホームベースまで届かない、チアリーダーが投げることもある、とのこと。ボクは、それをきいて、正直、若干カチンときた。それは野球というスポーツにたいして失礼ではないか。神宮球場に対する冒涜ではないか。なにより学生がれっきとした大人をさしおいて、大学野球の聖地のマウンドに足を踏み入れるとは、なにごとか、と。

そこで、「そんなら、おれがなげてやろうじゃんか」と、志願することにしたのである。

というわけで、ボクの登板日がきまり、当日まで、若干のキャッチボールなどで練習を重ねる。

そして、その日、ボクは、絶対の自信をもってマウンドに向かったのであります。始球式に登場する他の人はどうだかしらないが、ボクはちゃんと、背番号なしの青学のユニフォームを借りたのであります。ウキウキしながら、ニコニコしながら、「国際政治経済学部助教授の河野勝先生です」というアナウンスをきいたのであります。ベンチには、いまヤクルトで活躍中の石川くんもいて、ボクの投球を見守っていたのであります。

そう、ウキウキ、ニコニコなのであります。

ところが・・・。

そう、ところが、ですね。

そこで予想外なことが起こったんですね。相手チーム日大の一番バッターは、なんと左打者だったのです。ボクの投球練習は、ずっと、右打者を予想して行ってきたものでした。頭をよぎったのは、とにかく、このバッターにあててはいけない、ということでした。これで、バッターにあてようものなら、乱闘になってしまうかもしれないぞと。そしたら、大変だ、明日のスポーツ新聞の一面を飾ってしまうではないか、と。

それで、心と身体のバランスをくずし(おもに心のバランス)、ボクの大事な一球は、大きく外角にはずれたボールとなってしまいました。もちろん、その左バッターは、ちゃんと空振りしてくれました。

若き自分の、ささやかな想い出のお話でした。

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